1925年、フランスの北部、ベルギーに近いルーベ生まれ。子供のころはアルファベットと音楽を同時期に学んだにもかかわらず、あまり音楽には興味を持たず、母の勧めで入った音楽学校でも、学友とのクラリネット演奏にばかり熱中していたようだ。
しかし戦争の始まりで家族の暮らしは一変、日々食べていくのが精一杯の暮らしの中、14歳の彼は冶金の勉強をあきらめ、父が親方を勤めているやすり工場で働き始める。それでもアマチュア合唱団を指揮していた母方の祖父や、ピアノ演奏や歌が大好きな母の影響から、次第に音楽に真剣に取り組み始める。日中は工場勤務し、夜はバンドでクラリネット演奏。ますます音楽に傾斜していく彼はある時、午前中は工場勤務し、午後は地方の音楽学校でソルフェージュとクラリネットを学びたいと両親に頼みこむ。そしてあまり乗り気ではなかった両親の説得に成功する。
ドイツがポーランドに侵入し戦争が本格化する中、クラリネットからピアノへ転向したジョルジュはピカヴェ・バクア女史のオーディションに合格、彼女の教えを受けることになり、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどの作品を学ぶ。しかし、生まれつきの病気であった脊柱側湾症が、ピアノ・レッスン開始から5ヶ月後の自転車事故で悪化し手術、半年間の入院生活を強いられる。戦時中の物資欠乏も重なって、人生で最も困難な時期の一つであったろう。
そして療養生活から解放後、彼は作曲家になることを決意する。
音楽学校長のアルフレッド・デセンクロ教授に助けられながら、1945年20歳でルーベ音楽学校を卒業、ピアノ、室内楽、和声学で第1等を獲得した。
続いて彼はパリのコンセルヴァトワール(国立音楽学校)に入学、フーガと作曲を学ぶが、特に作曲家で現代音楽の巨匠であるダリウス・ミヨーから多大な影響を受けたようだ。ドルリューに劇場音楽作曲の素質を見出したミヨーは、自身が作曲したジャン・ヴィラール演出の「シエラザード」音楽の指揮を彼に依頼、見事にその期待に応えている。1949年首席で卒業し、念願であったローマ賞を受賞。1950年より短編映画の音楽担当、1952年より劇場音楽、そしてテレビやラジオの仕事に携わった後、1959年初の長編映画、ピエール・カスト監督の「Le bel age (青年期)」、翌年にはフィリップ・ド・ブロカ監督の「Les jeux de l'amour (恋あそび)」やフランソワ・トリュフォー監督の第2作「ピアニストを撃て」を手がけ、映画音楽作曲家としてのキャリアを本格的にスタートさせた。
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フランソワ・トリュフォー監督は映画音楽への取り組みに対しこう述べている。「僕にとって映画音楽は文法の問題だね。まず映画と文学を比較してみる。その上で現在形を進行形に変える、その時に映像に音楽を入れるんだ。」
「進行形」にこだわり、常に新鮮で躍動するような映像を追求しているトリュフォーは、音楽に対しても自ら映像に最適な音楽スタイルを追い求めているように感じる。
11作を手がけたドルリュー以外に、ジャン・コンスタンタン(「大人は判ってくれない」)、バーナード・ハーマン(「華氏451」、「黒衣の花嫁」)、アントワーヌ・デュアメル(「夜霧の恋人たち」、「暗くなるまでこの恋を」他)、モーリス・ジョベール(「アデルの恋の物語」、「トリュフォーの思春期」他)と、数々の作曲家とコラボレーションを組み、映像と音楽の理想的融合を追究してきたトリュフォーだったが、彼独特のきめ細かい映像にぴったり当てはまるのは、やはりドルリュー・サウンドではないだろうか。
ストリングスが、フルートやハープ、ホルンなどのサウンドを微妙に包み込み、陰陽を絡ませて創り上げるドルリュー独自の音楽スタイルは、トリュフォーの映像に最適なように感じられる。
また、ドルリューは打ち明けている。「もし音楽がなかったら、普通の労働者になってただろうね。音楽があったからこそ、ルーベ音楽学校が自分の夢になり、逃避の手段になり、そして勉強に集中できる生活を作り出したんだ。」
トリュフォーも、少年時代の感化院経験など恵まれてはいなかった家庭環境への反抗の中で、映画や文学に逃避先を見出し、芸術に溶け込みつつ、自らを成熟させていった。
ここにも二人を結び付ける共通部分があるように感じられる。
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1972 CHÈRE LOUISE
France 45 Warner Bros. F 16 186
原題は「親愛なるルイーズ」。40歳の女性と年下の男との恋愛を描いたフィリップ・ド・ブロカ監督作品。ジャンヌ・モロー、ジュリアン・ネグレスコ主演。 ピアノ、そしてのちにヴァイオリンが奏でるしっとりと落ち着いたメロディーは、正にドルリューならではのもの。口笛をイントロに使い、軽快に奏されるが翳りのあるテーマ「Luigi」も捨てがたい。
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1971 LES DEUX ANGLAISES ET LE CONTINENT 恋のエチュード
France LP AZ STEC 117
小説家アンリ・ピエール・ロシェがその生涯に遺した2作品は、ともにフランソワ・トリュフォーの手で映画化されている。「ジュールとジム」は「突然炎のごとく」として、そして「二人のイギリス女性と大陸」は「恋のエチュード」となった。20世紀初頭のパリとイギリスを舞台に、イギリス人姉妹とフランスの一青年との十数年にもわたる出会いと再会、そして別離を、ナレーションや独白などトリュフォー独特の映画スタイルを貫きつつ、複雑な男女の愛情心理をきめ細かに繊細に撮りあげた彼の最高傑作。 ストリングス演奏にピアノやフルート、オーボエなどがからんで綴られる優雅で繊細なオーケストレーションは、時に翳りを生み、時に不安をあおり、時に希望をのぞかせる。その繊細で微妙なタッチはドルリューならではのもの。正にトリュフォー=ドルリューによるスコアのベスト。 ちなみにドルリュー自身も脇役で出演している。
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1970 LES CAPRICES DE MARIE 君に愛の月影を
France EP United Artists 2C006-91100M
フランスのとある平和な村を舞台に、美しい村長の娘、彼女に恋する小学校の独身教師、彼女を見初め猛烈にアタックするアメリカ人実業家らが織りなすロマンティック・コメディで、フィリップ・ド・ブロカ監督は自由で気ままな田舎の生活に愛着を示しつつ、近代文明をちょっぴり皮肉っている。マルテ・ケラー、フィリップ・ノワレ主演。 優しいワルツ調の主題歌を語りかけるように謳うコラ・ヴォーケールがいい。
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1967 LE ROI DE COEUR まぼろしの市街戦
France EP United Artists 36.107 UAE
フィリップ・ド・ブロカ監督による反戦コメディの傑作。第1次大戦中、小さな村にドイツ軍が仕掛けた時限爆弾を撤去する命令を受けた主人公の伝令兵が、村民が避難し動物と精神病院の狂人だけが残された村で、混乱とドタバタの中、奇妙で不思議な時を過ごす物語。 夢見るような憂いを含んだワルツ「La valse tordue」、明るく楽しいリズムの「自転車」、トランペットの響きと鈍重な管楽器の響きが合わさったワルツ曲「生きる喜びのテーマ」、バロック調の優しいテーマ「La pavane」など、ドルリューが楽しみながら作曲したような快作。
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1965 LE CORNIAUD 大追跡
France EP Barclay 70.773 M
ルイ・ド・フュネスとブールヴィルのフランスの大コメディアン2人が競演した大ヒット作品。俳優出身のジェラール・ウーリー監督は、以降も本作ヒットの流れに乗って、「大進撃」(1966)、「大頭脳」(1968)、「大乱戦」(1972)と一連のコメディ映画を撮っている。 念願のイタリア旅行に出かけた小さな会社の社長が、大物ギャングがからむ密輸事件に巻き込まれて珍騒動を繰り広げるスラップスティック・コメディ。 アコーディオンとオーケストラが奏でる、のどかで楽しい響きのワルツ調メイン・テーマが、旅に出かける時のうきうきするような心情を表している。
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1964 LA PEAU DOUCE 柔らかい肌
中年男とその妻と、若い女性、3人が織りなす複雑な愛情心理を繊細な演出で描いたフランソワ・トリュフォー監督の長編第4作。中年の文芸評論家が若く美しいスチュワーデスと出会い、仲が徐々に深まっていくが、妻との間がうまくいかなくなり、遂には二人の仲が妻の知るところとなってしまう... 男と女の互いの手が触れ合うオープニング・シーンにかぶさるメイン・テーマ、暗く哀しみを湛えたようなフルートのメロディーは、不器用に推移しながら思い通りにならぬ男女の愛情心理を絶妙に奏でている。

France EP Philips 434 887 BE

Japan 45 Philips FL-1149
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1963 LE MEPRIS 軽蔑
France EP Philips 434.809 BE
アルベルト・モラヴィア原作の映画化で、人間の心の奥底に潜む不安とその断絶を描いたジャン=リュック・ゴダール監督作品。女優アンナ・カリーナとの結婚生活で、愛の問題で苦悩していた監督の心を自ら投影しているようだ。脚本家の夫ポールと女優の妻カミーユ。二人の夫婦関係が、独断的な映画プロデューサーに卑屈に対応する夫を妻が軽蔑した事で、亀裂が入り、収拾がつかぬままに悲劇に陥ってしまう物語。
心の不安を忠実に描き出したような翳りあるタイトル曲「Génerique」、そして女優の心の繊細さ・揺れ動く心のひだをストリングスが華麗に描く「Camille」。ドルリューは愛の悲劇をストリングスによるオーケストレーションで、典雅に華やかに彩っている。
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1963 CHAIR DE POULE めんどりの肉
France EP Ducretet Thomson 460 V 594
ジェームズ・ハドリー・チェイスの原作を、「舞踏会の手帖」や「望郷」などの名作を撮ったジュリアン・デュヴィヴィエ監督が映画化、彼の遺作となった。人里離れた一軒家を舞台に、金庫破りに失敗した錠前屋、大金をため込んだ主人、その金を強奪しようとするセクシーな若妻など、欲につかれた人たちのすさまじい争いと悲しい末路を描いたフィルム・ノワール。ロベール・オッセン、ジャン・ソレル、カトリーヌ・ルーヴェル等が出演。 ギターの奏でるメロディーが物悲しく響くメイン・テーマが映画の雰囲気を物語っている。またアコーディオンの響きが心地よいワルツ「Paul dans la ville」も印象に残る。
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1962 JULES ET JIM 突然炎のごとく
France EP Philips 432.728 BE
アンリ・ピエール・ロシェの小説を映画化したフランソワ・トリュフォー監督の長編第3作。 第1次大戦を背景に、オーストリアとフランスの文学青年2人、ジュールとジム、と自由奔放で衝動的な行動をとる女性カトリーヌとの、複雑に絡まる愛の心理を、独白や即興的なスタイルの演出によってきめ細かく描いた作品。 オープニングの心がうきうきするような軽快なリズムや、ピクニックのシーンで流れる優雅な響きのワルツは、ドルリュー・スタイルそのもの。作中ジャンヌ・モローがギター伴奏で軽やかに歌う「つむじ風」も印象的。
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1961 UNE AUSSI LONGUE ABSENCE かくも長き不在
France EP Pathé EA 424 S
パリ、セーヌ川近くでカフェを営む独り身のテレーズは、ある日立ち寄った一人の浮浪者が、戦時中ナチに拉致されて帰ってこない夫にそっくりなのを見て驚く。記憶喪失だと言う彼と触れあいつつ、夫かもしれないという疑惑はやがて確信へと変わり、彼女は記憶を呼び戻そうと努めるが... 戦争の傷跡を心に深く負った男と女の意識を描いた秀作。 小説家マルグリット・デュラスとジェラール・ジャルロのオリジナル脚本をもとに、アンリ・コルピが監督した彼の長編第1作。アコーディオンが奏でるワルツ調のメイン・テーマが出色。メイン・テーマにコルピが詞を付けた「小さな3つの音符」を優しく語りかけるように歌うコラ・ヴォーケールは1921年マルセイユ生まれ。イヴェット・ギルベールが確立した語り風の歌唱法(ディズーズ)の正統な後継者の一人と言われており、1954年のジャン・ルノワール監督作品「フレンチ・カンカン」の主題歌「モンマルトルの丘」を歌い人気を得る。またシャンソンの名曲「枯葉」の優れた歌唱者としても有名。
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1960 LE FARCEUR
France EP Pathé EA 422
原題は「道化師」。行き当たりばったりに生きる遊び人を主人公に描いたフィリップ・ド・ブロカ監督の長編第2作で前作同様日本未公開。ジャン・ピエール・カッセル主演。アップテンポのワルツがコミカルなリズムをきざむテーマ曲や、スローなワルツに少し悲しみを湛えたような美しいメロディー、闘牛を思わせる勇壮なスパニッシュ・マーチに、情熱を抑えたムーディーな響きのルンバなど、ドルリューは様々な音楽スタイルを駆使して、ユニークなコメディ・スコアを書いている。
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1960 TIREZ SUR LE PIANISTE ピアニストを撃て
France EP Philips 432.510 BE
「大人は判ってくれない」に続くフランソワ・トリュフォー監督の長編第2作。元は国際的ピアニストだが妻との悲しい過去を引きずり今はパリの庶民的カフェでしがないピアノを弾く男が、兄の悪事が元でギャングたちとの争いに巻き込まれてゆく姿を描いたもので、主人公の独白や自由なセリフの挿入など、即興的で自由な演出をちりばめたトリュフォー独自のスタイルによるフィルム・ノワール。 国立音楽学校でピアノを学び、生活費を稼ぐためにバーでピアノを弾いていた経験を持つドルリューは、このストーリーにかなりの共感を持った上で作曲に当たった。場末のカフェの雰囲気を彷彿とさせるオープニングのピアノ・リズムや、一抹の不安を感じさせる愛のテーマ、のどかなタッチのアップテンポのワルツ、管楽器がクールに響くサスペンス音楽など、ドルリューの才気が光る。
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1959 LES JEUX DE L'AMOUR
France EP Pathé EA 342
チャーミングなピアノの響き、優雅なワルツ、勇ましいマーチ等々、コメディの楽しさをそのまま音で表したようなドルリューの快作。フィリップ・ド・ブロカ監督の第1作であり、この作品から「大盗賊」、「リオの男」、「まぼろしの市街戦」、「怪盗二十面相」などコメディからシリアス・ドラマまで、ドルリューとの息の長いコンビによる作品が続いていく。
ブロカはドルリューとの出会いについて述べている。「26歳の頃、この映画の音楽担当者を探している時、たまたま見た宣伝映画で、牛がフレンチ・カンカンを踊っているところがあってね。これだと思ったよ。生き生きしてて活気があってね。やかましいくらい音が大きかったけど。映画を作ったアンリ・コルピが、ジョルジュ・ドルリューという有望な若手が書いたんだと教えてくれた。」
休暇を過ごすためにパリを出発したドルリューを追って、列車に飛び乗り休暇先へ向かったブロカは、最初彼がとても若いので、メッセンジャーだと勘違いされたらしい。とにかく映画について話し合い、メイン・タイトルに使うワルツの事で相談を受けたドルリューは即座にピアノに向かい、ぴったりの曲を披露した。「彼のワルツ曲は意気揚々で優雅なんだが、悲しみが後に残るんだ。ともかくその日から彼なしではいられなくなったよ。人としても作曲家としてもね。」
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1959 UNE FILLE POUR L'ÉTÉ ひと夏の情事
France EP Versailles 90 M 314
「殺られる」や「彼奴を殺せ」などの犯罪サスペンス映画で一躍名を挙げたエドゥアール・モリナロ監督が、南フランスの別荘を舞台に豪華で頽廃的な生活を送る人々の恋愛心理を、才気走った技巧で綴った作品。トランペットやサックス、ピアノが華やかさと頽廃感を演出する「St Tropez Blues」や、ドルリュー独自のクラシカルなオーケストレーションが快く響く「Suite Symphonique」が印象的。なおこの年、彼はジョヴァンニ・フスコと共作したアラン・レネ監督の「二十四時間の情事」のワルツ曲で初めて注目される。
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1959 LE BEL AGE
France EP Versailles 90 M 315
原題は「美しき年齢」で原作はアルベルト・モラヴィア。自由奔放に生きる女たらしたちを描いた作品で日本未公開。ジャズ・ピアニストで作曲家のアラン・ゴラゲールとドルリューが共作、ゴラゲールはジャジーなピアノ曲を、ドルリューは彼独自のマイナーキーで控えめなサウンドのジャズ曲を聴かせる。ピエール・カスト監督は1920年パリ生まれ。大学で文学を学び、1945年に「パリ大学シネクラブ」を共同設立、シネマテーク・フランセーズに勤め、ルネ・クレマンやジャン・グレミヨン、ジャン・ルノワールの助監督を経て、数本の短編映画を撮り、1957年「Amour de poche」で長編映画デビュー。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」創刊に参加し、ヌーヴェル・ヴァーグ作家として知られているが、日本公開作は一作もない。
1952年、ドルリューはセーヌ左岸ではジャン・マリー・セロー主催の前衛劇場「テアトル・バビロン」で、そして右岸ではレイモン・エルマンティエの「オペラ・コミック」で劇場音楽を担当しており、特に「バビロン」ではサミュエル・ベケットやボリス・ヴィアンなどの作家たちとの交流を深めている。この交流がのちにフランソワ・トリュフォーやジャン・リュック・ゴダール、ルイ・マルなどのヌーヴェル・ヴァーグ作家たちとの関わりに深くつながっていく。
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